Youtubeというのは「主義主張」を広めるものではなく「話題」を振りまいて、アクセスを稼ぐものではある。
スポニチ
【落合×広岡達朗対談】落合氏も広岡氏も“違和感”を感じている「違和感」にそれぞれ持論
91歳の広岡は、歩行がやや困難になっているようで、介添え人がついているという。杉下茂は90歳を過ぎてもプロ野球の現場やキャンプに足を運び、ブルペンで投球を見ていたが、広岡が現場に足を運ぶことはなくなっているだろう。
ここ10年以上、テレビメディアでも発言していない。
本人はいたって頭脳明晰のようだが、今の野球界についてはプロもアマも含めて、全くの部外者になっている。
端的に言えば「昭和の野球」の世界の住人が「令和の野球」について、あれこれ言っているわけだ。違和感しかない。
「野球があって人間ができてるいうことを感謝せな。当たり前だと思うとるもん!今のやつはね、三振しようが何しようが平気。俺が一番不愉快なのは“楽しみました”。俺はあれ、間違いだよ。だから、どこのスポーツでも楽しみながらやるとかね、あれは勘違いよ。一生懸命やらにゃ!」
スポーツはもともと「健康で文化的な生活」を送る手段として発達した。「楽しむ」は、スポーツにとって一番重要な要素だ。
プロスポーツは、スポーツをする事によって収入を得ることだが、それでも選手は、自分自身の目標に向けて努力し、相手チームと対戦することを「楽しむ」ことが必要だ。

芸術でも、スポーツでも、そしてビジネスでも、努力をし、競争に打ち勝つことを求められるが、それは強制されたものではないし、難行苦行でもない、自分で選択した道で頑張ることは、それすなわち「楽しむこと」であるはずだ。
しかし「昭和の野球」では、金を貰って野球をする事は「修行」であったり「我慢」であったりした。スポーツは誰かに強制されて苦しい練習をして、我慢の果てに勝利をつかむ者だったのだ。
社会全体が「ブラック」だったのだから、仕方ないのだが。
「楽しむこと」と「楽をすること」は、同じ「楽」と言う字が入っているが、全く異なっている。今の選手は、自らの意志でハードトレーニングをし、肉体的なきつさも「楽しみ」に変えている。
だから今のプロ野球選手はことあるごとに「楽しむ」というのだ。
昭和の時代の「やらされる努力」とは次元が違うのだ。91歳の広岡にそれを言っても仕方がないだろうが、中には「そうだそうだ」と言う人もいるのだと思うとうんざりする。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!
↓
好評発売中!



1972年外木場義郎、全登板成績【3度目の無安打試合達成】
【落合×広岡達朗対談】落合氏も広岡氏も“違和感”を感じている「違和感」にそれぞれ持論
91歳の広岡は、歩行がやや困難になっているようで、介添え人がついているという。杉下茂は90歳を過ぎてもプロ野球の現場やキャンプに足を運び、ブルペンで投球を見ていたが、広岡が現場に足を運ぶことはなくなっているだろう。
ここ10年以上、テレビメディアでも発言していない。
本人はいたって頭脳明晰のようだが、今の野球界についてはプロもアマも含めて、全くの部外者になっている。
端的に言えば「昭和の野球」の世界の住人が「令和の野球」について、あれこれ言っているわけだ。違和感しかない。
「野球があって人間ができてるいうことを感謝せな。当たり前だと思うとるもん!今のやつはね、三振しようが何しようが平気。俺が一番不愉快なのは“楽しみました”。俺はあれ、間違いだよ。だから、どこのスポーツでも楽しみながらやるとかね、あれは勘違いよ。一生懸命やらにゃ!」
スポーツはもともと「健康で文化的な生活」を送る手段として発達した。「楽しむ」は、スポーツにとって一番重要な要素だ。
プロスポーツは、スポーツをする事によって収入を得ることだが、それでも選手は、自分自身の目標に向けて努力し、相手チームと対戦することを「楽しむ」ことが必要だ。

芸術でも、スポーツでも、そしてビジネスでも、努力をし、競争に打ち勝つことを求められるが、それは強制されたものではないし、難行苦行でもない、自分で選択した道で頑張ることは、それすなわち「楽しむこと」であるはずだ。
しかし「昭和の野球」では、金を貰って野球をする事は「修行」であったり「我慢」であったりした。スポーツは誰かに強制されて苦しい練習をして、我慢の果てに勝利をつかむ者だったのだ。
社会全体が「ブラック」だったのだから、仕方ないのだが。
「楽しむこと」と「楽をすること」は、同じ「楽」と言う字が入っているが、全く異なっている。今の選手は、自らの意志でハードトレーニングをし、肉体的なきつさも「楽しみ」に変えている。
だから今のプロ野球選手はことあるごとに「楽しむ」というのだ。
昭和の時代の「やらされる努力」とは次元が違うのだ。91歳の広岡にそれを言っても仕方がないだろうが、中には「そうだそうだ」と言う人もいるのだと思うとうんざりする。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!
↓
好評発売中!

1972年外木場義郎、全登板成績【3度目の無安打試合達成】
コメント
コメント一覧
勝つのが楽しい人もいれば、ボールを握るだけで楽しい人がいてもいいと思います。
他人のそれを否定したり塗り潰そうとしたり。勝利至上主義の嫌いなところはそういうところで、これがそのまま少年野球人口の減少の一因でもあるでしょう。
「一流」なのかもしれません。
「自分に厳しく、自分を律して、直向きに
野球と向き合えるか」とイチローが語っています。
「楽しめる」というレベルに達するための道のりは
楽しいことではないかもしれませんね。
例えば「夢中になる」とか、スポーツの持つ「楽しむ」という意味を別な言葉に置き換えることもありなんじゃないかと思います。
寂しいのかも?
落合氏が完全に聞き役に回っていて、でもうちの両親(もう逝去してますが)なんかと同世代(少し下)の割にはアタマ硬いなぁというか、自分たちが絶対!って感覚が違和感がありましたね。
確かに昭和の野球指導者としては偉大な方ですけれど、そこから一ミリも進歩がない、理解がないのは感じましたね。