いい年をしているから、飛行機に乗る仕事も結構経験してきた。今年で言っても沖縄、北海道などに飛行機で出張している。
しかしそうであっても、私は飛行機が苦手だ。初めて飛行機に乗ったのは結構遅くて、20歳くらいだと思うが、そのときから怖かった。いつも飛行機に乗るときは、心の片隅に「これが最後かもしれん」という気持ちが引っ掛かっていたりする。

手荷物検査を終わって搭乗ゲートに入ると、目の前に自分が乗る飛行機が入って来る。その翼が上下に軽く揺れているのを見ると「いい加減な溶接をして、取れかけているのではないか」と思ってしまう。
搭乗の時には、機体を間近で見ることになるが、リベットの塗装がちょっと剥げていたりすると「ここから緩むのではないか」と思ったりする。とにかく信用がならないのだ。

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中華人民共和国が、今のように人相が悪くなかった40年ほど前、大陸のスケール感に魅せられてよく行った。安かったから中国の航空会社をよく使ったが、そのころの中国のパイロットは、シャツの前をはだけてそこから金色のネックレスがこぼれているような、やたら、ちゃらちゃらしたあんちゃんが多かった。その頃の中国ではそれが「かっこよかった」のだろう。それも不安だった。客席には日本語の機内誌が置いてあったが、そこには「40度の熱があるのに頑張って操縦したパイロットの話」や「機内で転んでけがをしたのに血を流しながら業務を続けたCAの話」などが載っていて、非常に物騒だった。飛行機も整備不良ではないかとドキドキしたが、地方球場に着陸して、客席から拍手歓声が起こったのも物騒だった。

昭和の終わりころ、シーガイアの仕事をして年に80回ほど飛行機で出張する日々が続いた。まだ関西空港がなくて、伊丹空港に着くのだが、気流が悪い時がしばしばあって、足元に大阪の街並みが見え始めたころからよく揺れたのだ。着陸態勢に入ると、CAも所定の席に座るが、ひどく揺れたあるとき、座ったCAが「あー、いやいや!」とばかりに首を激しく横に振ったことがある。これはすごく怖かった。



ことほど左様に、飛行機が苦手だ。この間、福岡から船で韓国のプサンに行ったのは、飛行機に乗らなくてよかったことが大きい。
それでも乗らざるを得ない。11月下旬にも沖縄から台湾に行くが、今の私は、飛行機に乗っている時間は、意識を「ショートカット」している。機内に入って客席に着いたくらいから、着陸してシートベルトを外すくらいまでの時間は「なかったこと」にしようとおもっている。
料理番組で「このお鍋を30分煮込みます」の「30分」や、朝ドラで主人公が10年後に子役から大人に変わるときの「10年後」みたいな感覚である。

年末に向けてそういう「ショートカットの時間」ができてしまうことが、少しだけ私の気持ちを重くしている。


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