Keio


Number Webに慶應高校森林監督の記事を書いたのだが、ヤフコメ欄に例によって残念な書き込みがいくつかあった、
要するに「慶應高校の選手は恵まれているから、こんなことができるのだ。普通の高校では無理だ」みたいな意見だ。さらには、今夏の甲子園での応援を批判する声もあった。

ヤフコメ欄は、AIで自動編集しているそうだが、別に日本の世論でもないし、意識レベルが高いわけでもない。どちらかといえば「残念な意見」が多い。匿名で人を貶めるようなコメントをする人に、碌なのはいないのだろうが、私の記事だけでなく「慶應」という言葉に反応して、ネガティブな意見を吐くと言うことから見ても「学歴コンプレックス」がある人が多いように思う。

慶應出身者は「恵まれている」。だからなんでもうまくいく。最初の出発地点で不平等なのだから、それを持ち上げるのはよくない、みたいな感じだ。

仕事柄、私は野球界の多くの人と話す機会があるし、取材しているが、革新的な仕事をしている人の多くが慶應大出身者だ。これははっきり感じる。一つには「慶應閥」のネットワークが強力であることは間違いない。「慶應出身」というだけで、いろいろな業界の人がつながっているし、仕事を動かしている。この間の夏の甲子園の大応援団は、あっという間につながる習性をもつ慶應人脈のなすところだろう。彼らはそれだけ「慶應」にプライドを持っている。また「慶應出身」が自己肯定感の源泉になっているのだと思う。

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しかし、それは何ら非難されることではないし、そういう形でポジティブな仕事ができるのならそれは良いことだろう。私のように学力不足で慶應などトップ私学に行けなかった人間は「行っていたら人生が変わっただろう」とは思う。しかし、それはもう「済んだこと」であり、今からどうすることもできない。

しかしヤフコメにネガティブ書き込みをする民の中には、慶應に対するやっかみや嫉妬の念を未だに持ち続けて、ぐずぐずいう連中がいるのだ。

社会に出て10年もたっていまだに「学歴が、学閥が」という連中は、要するに成功していないし、今の自分の境遇に引け目を感じているのだろう。そういう連中が匿名でつまらない書き込みをしていると言うことではないか。人をうらやみ、嫉妬するのはみっともないことだと思う。

しかしそんなつまらない書き込みでも、束になれば世の中に無視できない影響力を与えることになる。「SNSが荒れる」の何割かの部分は、コンプレックスを持つ匿名の民の「卑小な嫉視」の集積ではないかと思う。

どんな境遇であれ、どんなキャリアであれ、世の中でうまくいくための大事なのは「自己肯定感を持っていること」であり、過度の「承認欲求」を持っていないことだろう。

慶應の記事を書いて、はしなくも「ネット民の本性」の一端を見た思いがした。


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