
「タトゥーを入れるのは、アートであり文化だ、よくない事のように言うのは偏見だ」と言う意見が根強くあるが、残念なことに、この考えは広まらない。
タトゥーあるいは刺青を入れた人間が、凶悪な犯罪を行う事例が、後を絶たないからだ。
最近では「宝島夫婦」の殺害、死体遺棄の首謀者が全身にびっしりと刺青を入れていたし、殺害、遺棄に関与したとされる元子役俳優も首に大きなタトゥーを入れていた。
タトゥーと刺青は違うものの様だが、日本社会ではほぼ同じようなイメージを発信する。そのイメージとは端的に言えば「普通の人ではない」というものだ。市井に生きる平々凡々たる市民の多くは、タトゥー、刺青とは縁がない。
沖縄に行けば「Tatoo」と書かれた看板がたくさん立ち並んでいるが、あれは駐留米軍兵士が土産代わりに体に入れるもので、日本人のお客は少ないはずだ。
タトゥー、刺青は「普通のファッション」とは全く性格を異にするものだ。衣装や髪型であれば、どんな奇抜な格好をしようとも、すぐに元に戻すことができるが、タトゥー、刺青は「不可逆性」が高い。一度身体に入れてしまえば、除去するのは不可能ではないが、相当な苦痛と負担が必要だ。
若い身空でタトゥーを入れるのは「自分の未来が見えていない」思慮の浅い人か、あるいは現実社会に幻滅してアウトローになることを選択したか、いずれかだと思われてしまう。
またタトゥー、刺青はどんなに美しくても、平和なメッセージを伝えるものであっても、多くの日本人には禍々しく不吉なもののように映ってしまう。それは、これまでタトゥー、刺青を入れた人が、多くの悪事を働いてきたからだ。
また、やくざ、暴力団と言う反社会的組織がタトゥー、刺青を入れることを「通過儀礼」にしてきたことも大きい。
このブログの冒頭に掲げた写真は「ファンデーションテープ (タトゥー隠しシール 刺青を隠す)」だ。これ、結構売れている。それだけタトゥー、刺青をしていて、隠す必要がある人が多いと言うことではあるが。
一方で、アート、芸術の世界ではタトゥー、刺青は「則を超える」「常識を破る」という覚悟を示すものの様だ。YOASOBIのAyaseのように、素晴らしい作品を生み出す人もいる。しかし一方で文字通り「法律を超えて」しまって、薬物に手を出す人も後を絶たない。
海外でもタトゥーには「反社会的」「犯罪的」なイメージがある。だから各国の王室や政治家、エスタブリッシュメントでこれをする人は少ないが、一方で、自身の才能、能力で世渡りをする人にとっては「力、才能を与えてくれる」呪術的な意味合いがあるようだ。音楽家、アーティストなどにタトゥー、刺青をした人が多いのはそれだろう。また「反社会勢力とのつながり」のイメージは日本に比べれば希薄なようだ。
野球の世界でも日本にやってくる外国人選手で、タトゥーをしている人は結構いる。
今はソフトバンクにいるマルセル・オスナは投げない方の左腕に、びっしりタトゥーを入れている。

巨人もタトゥーを容認していたが、少し前までは試合中は長袖などで隠すように指示していた。
マーク・クルーンなどがそうだった。彼は上体、腕の付け根までだったようだが。

いまはそういうことはしていない。外国人選手のタトゥーはOKということのようだ。しかし、日本人選手には恐らく認めていない。
清原和博が肩口から尻の下までにおよぶ刺青を入れ始めたのは、現役時代末期からの様だが、もし、現役選手で刺青を入れたことがバレれば、球団は厳しい処分を科すのではないか。
「日本はもっとタトゥーに寛容になるべきだ」と言う意見は、恐らく、広まらないだろう。タトゥー、刺青を入れた人間の犯罪が次々に明るみに出ているのだから。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!
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沖縄に行けば「Tatoo」と書かれた看板がたくさん立ち並んでいるが、あれは駐留米軍兵士が土産代わりに体に入れるもので、日本人のお客は少ないはずだ。
タトゥー、刺青は「普通のファッション」とは全く性格を異にするものだ。衣装や髪型であれば、どんな奇抜な格好をしようとも、すぐに元に戻すことができるが、タトゥー、刺青は「不可逆性」が高い。一度身体に入れてしまえば、除去するのは不可能ではないが、相当な苦痛と負担が必要だ。
若い身空でタトゥーを入れるのは「自分の未来が見えていない」思慮の浅い人か、あるいは現実社会に幻滅してアウトローになることを選択したか、いずれかだと思われてしまう。
またタトゥー、刺青はどんなに美しくても、平和なメッセージを伝えるものであっても、多くの日本人には禍々しく不吉なもののように映ってしまう。それは、これまでタトゥー、刺青を入れた人が、多くの悪事を働いてきたからだ。
また、やくざ、暴力団と言う反社会的組織がタトゥー、刺青を入れることを「通過儀礼」にしてきたことも大きい。
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海外でもタトゥーには「反社会的」「犯罪的」なイメージがある。だから各国の王室や政治家、エスタブリッシュメントでこれをする人は少ないが、一方で、自身の才能、能力で世渡りをする人にとっては「力、才能を与えてくれる」呪術的な意味合いがあるようだ。音楽家、アーティストなどにタトゥー、刺青をした人が多いのはそれだろう。また「反社会勢力とのつながり」のイメージは日本に比べれば希薄なようだ。
野球の世界でも日本にやってくる外国人選手で、タトゥーをしている人は結構いる。
今はソフトバンクにいるマルセル・オスナは投げない方の左腕に、びっしりタトゥーを入れている。

巨人もタトゥーを容認していたが、少し前までは試合中は長袖などで隠すように指示していた。
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いまはそういうことはしていない。外国人選手のタトゥーはOKということのようだ。しかし、日本人選手には恐らく認めていない。
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