
とかく野球界はタテヨコのつながりが強い。高校、大学、社会人、プロと同じチームでプレーした経験を共有する選手は、たとえチームを離れてもしっかりつながっている。
また、チームメイトでなくても、学校の「先輩後輩」のつながりも本当に強固だ。はるかに年の離れた人も「同じ高校、大学」というだけですぐに結びつく。
学校単位の「同窓会」「OB会」も頻繁に行われるのは、そうした結びつきをさらに強固にするためなのだろう。
SNSでも「〇〇時代の仲間と飲みました」みたいなのがいっぱい出てくる。
そういうつながりは、単に「楽しい」だけでなく、実社会でのメリットも大いにある。先輩のチームに呼んでもらったり、仕事をあっせんしてもらったりする。そういう経験をした人は、また後輩を同じように優遇する。
野球の世界は、実にそういう「人間関係」で、タテヨコ、網の目のようにつながっている。
もちろん、それは野球界だけでなく、一般社会もそうなのだろう。
特に一流と言われる大学を出た人は、卒業から何年たっても「学校単位」で仕事をしたり、いろんな便宜を図ったりする。
日本社会そのものが「地縁」「血縁」に加えて「学閥」でつながっているのは、私も常々実感しているところだ。
私自身はそういうのが苦手なたちだ。明星高校、立命館大学と言う学校を出ているが、その御縁で何かをしたことはほとんどない。同窓会のようなものもほとんど出ていない。野球のライターになる以前に、大学のOBに少し仕事を貰ったくらいだろうか?
たまたま立命大学院生のアナリストをよく知っているが、別に同じ大学だからどうのこうの、と思ったことはない。
フリーランスと言うのはその手のネットワークの外側にいる商売だと思う。それよりも仕事を通じて知り合った編集者とか取材対象と、何度も仕事をするうちに互いを理解するようになって、人間関係が深まっていく。
実のところ、人間関係は「化学反応」みたいなもので、どの出会いがどんな結果につながるかは、出会った時点では全然わからない。しかしそれだから面白いものなのだ。
先輩後輩みたいなつながりでは、そういう「化学反応」の要素が乏しい。
中日ドラゴンズの立浪和義監督が、PL学園や、昔のチームメイトの人間関係でコーチ陣を固めたことが批判されている。「そういう身内意識がダメだ」という声がある。
一方で「気心の知れた仲間と仕事をする方がいいに決まっているじゃないか」との声もある。

これ、状況によって違うと思う。
例えば、チームなり組織なりが順調で、大きな問題がないときは「気心の知れた」メンバーによる運営の方が良いだろう。前年のルーティンが通用するのであれば、そこに少しの改善を加えればいい。そう言う仕事は「気心の知れた」仲間の方が良い。
しかしチーム、組織が不調で、抜本的な改革が必要な時は「気心の知れた連中」よりは、思い切った人材登用をした方がいいのは、間違いないところだ。
その組織と関係が薄い人は、組織のやり方、スタイルについて、贔屓目に見ることは少ない。はっきりと欠点、問題点を指摘することができるのだ。組織に波風は立つだろうが、そういう荒療治も必要になって来るのだ。
中日ドラゴンズのような「低迷している組織」には、新しい「人間関係」が必要だったのではないか?
その点、日本ハムの新庄剛志監督は、何せ15年もの間、日本、野球界を離れていたのだから、人間関係は希薄になっている。たとえ昔の仲間をコーチにしても「気心が知れる」まではいかない。だから当初は不協和音があったものの、新しい施策を打ち出して、3年目に結果を出すことができたのではないか。

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