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最近、自撮り棒はあまり見なくなった。中国当たりのインバウンドがいっぱい持っていた時期があって、あれを見て興ざめしたのかもしれない。
それでも自分の近況を嬉々としてSNSに上げる人はたくさんいる。「こんなことがありました」「こんな体験をしました」をアップするのは、そりゃ自然のことかと思うが、そうではなくて「今日はこんなことをしている私を見て」「私がこういうことしているの、みんな見たいでしょ」みたいな感じで上げる人も多いようだ。

そういう人は「承認欲求」のやり場がなくて、そうしているのだろうが、普通の顔でも、ちょっと加工したり、撮り方次第で、なんかアイドルみたいに見えることもあるから、そういうことをしているうちに、アフィリエイトや投げ銭で金になって、しまいにはサラリーマンを上回る収入みたいになる。

社会的経験もなく、人間としてのスキルもない若者が、持ちなれない金を持つと、どんどんそれにのめりこんでいく。自分は才能がある、自分は魅力がある、自分は普通の人ではない。
その高揚感で、さらにいろいろなことをする。

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また、そういう人を応援する人も出てくるのだ。ありきたりの有名人を「推す」のではなく、自分だけの「推し」を見つける。なんなら「会いに行ける」気軽さもあってほしい。

そういう「自称有名人」とその「推し」の関係が、日本中にあぶくのようにできて、おそらく世界中だが、様々なトラブルになっている。自称有名人たちは「承認欲求を満たして金にもなる」と思っているが、その隣には今回の事件のようなリスクが潜んでいるのだ。

結局、人を見る目、人の能力を鑑定する目のハードルが、べたべたに下がって、傍から見れば何がいいのかわからん低次元で、そういう関係が成立してしまっているのだ。

コミュニティが消滅して、社会のあちこちで孤立する人が出てくる中、そうした「自分と仲間以外はみな風景」みたいな、最小単位の関係性があちこちで生まれている。その先を考えない「今」しかない人々が増えている。

もっと周りを見渡して、多くの他人に興味を持つことなのだろうとは思うが、答えははっきりわからない。




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