
スポーツジャーナリストなのに時事問題についてブログを書くなんて草みたいなコメントをいただいた。じつはちょっとうれしい感じではあった。
私は23歳くらいで初めて「原稿料」をもらった。当時、大阪の朝日放送グループが発行していた「プラスQ」という雑誌に寄席のコラムを書いたのだった。「プラスQ」は、伝説の情報誌「プレイガードジャーナル」のライバルという位置づけだったが、すぐにつぶれてしまった。
そのあと「上方芸能」という雑誌の編集部で文章を書き、その縁もあって上方落語協会に入ってマネージャーのまねごとをしていた。雑誌「落語」にも書いた。先年亡くなった放送作家の石井徹也さんや、 文部官僚の寺脇研さんなどと、落語録音テープのやり取りをしていた。
しかし、落語家の世界に住むことの苦しさに音を上げて広告制作会社に入り、コピーライターとなった。出来の良くないライターだったが、会社案内とか冊子モノを中心に書き続けた。この時期からインタビュー記事を書きだし、それから筆が速くなった。
企業のアニュアルレポートや周年記念本もたくさん作った。
10年その会社にいた後は、食品流通会社の広報責任者だったが、文章は自分で書いた。その後、裏千家系の情報商社にいて、いろんな企画をした。この時期にはライターだけでなく、事業計画を引いたり、マーケティングの企画もたくさんした。
さらにIT企業グループの広報担当役員をして、クビになったタイミングで、野球ブログを書き始め、その流れで野球のライターになったわけだ。もう50歳になっていた。
つまり野球、スポーツ以外のライターだった時間の方がはるかに長かった。

私は中島大輔さんや氏原英明さんなどと仲が良いが、彼らは野球の技術論ができるが、私はできない。全然書かないわけではないが、得意分野ではない。
それよりも野球界全体の問題、社会との関係論を書くことが多いのは、そういう分野を書いてきたからだ。
それと「野球の記録」は小学校からずっと好きだったので、それも守備範囲にしている。
良く取材対象やメディアに「打ったのはスライダー、みたいな取材はやりません」と言っている。そういうポジションだということだ。お見知りおきのほど。
私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!
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2023年森原康平、全登板成績

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さらにIT企業グループの広報担当役員をして、クビになったタイミングで、野球ブログを書き始め、その流れで野球のライターになったわけだ。もう50歳になっていた。
つまり野球、スポーツ以外のライターだった時間の方がはるかに長かった。

私は中島大輔さんや氏原英明さんなどと仲が良いが、彼らは野球の技術論ができるが、私はできない。全然書かないわけではないが、得意分野ではない。
それよりも野球界全体の問題、社会との関係論を書くことが多いのは、そういう分野を書いてきたからだ。
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昔、田淵幸一が現役時代ホームランを打つと、インタビューでは「打ったのはシュート」とコメントしていたエピソードを思い出しました。
田淵は内角に食い込むシュートを苦手にしていたので、それを誤魔化すための、お約束のコメントでした。
今や球種もカメラなど光学系測定装置も増えたので、アナライズしようと思えば球種判定も可能ですが、果たして所謂解説者がどこまでそれを踏まえているか、怪しいものです。