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AIの進化とともに、人の仕事の領域がどんどん奪われると言われている。確かにそうなのだろうが、人の活動は「ビジネス」だけで動いているわけではない。「自己表現」すなわち「自己実現」みたいな活動もある。いわゆる「クリエイティブ」だ。
Youtubeで音楽をよく聞いているが、最近、本物なのかAIなのか聞き分けがつかない音楽も確かにある。

80年代のニューミュージックと題したYoutubeを聞いて、確かに耳なじみのある音楽なのだが、1本も知らない。何なのだ、と思ったら「AIでその時代の音楽を学習させて作ってみました」みたいなのだった。

また、最近はテレビのニュース番組を、AIで文字化して、それを記事にするのもよく見かける。ただ、読んでみると「どこか生ぬるく」「総花的」で、無難にまとめ過ぎている、という印象だ。

もちろん、AIは学習するのが一番の強みだから、違和感はどんどんなくなっていくのだろうが?

それによってたやすくビジネスする人は増えてくるだろう。マーケティングも進化するかもしれない。

しかしクリエイティブはどうなのか。AIがますます人の「クリエイティブ」を真似するようになったとして、
「俺の青春の歌は、〇〇年に、AIが作ったあの歌だ。あのメロディーはたまらない」みたいな時代が来るのだろうか?
例えばすごい名画ができたとして、それを高額で手にした人が、あとでそれがAIが作ったものだと気が付いて「金返せ」と言わないのだろうか?

さらに言えば「自己表現」は人生の目標でもある。
音楽家は音楽を演奏してお金を得ているが、それは仕事、ビジネスであるとともに「自己実現」でもある。自分の感性や技術の発露としての音楽を人に聞いてもらって得る報酬は「お金」だけではないはずだ。
いくらAIが発達しても「私のかわりにAIが演奏してくれて『あー、楽だ』」と言う音楽家はいないはずだ。

私が文章を書くのも、もちろんビジネスではある。ここ40年ほど主として文章を書いて(他の仕事もしたけど)報酬を得てきた。しかし、このブログもそうだが、大したお金にならなくても文章を書いてきた。書くのが好きで、書くことで「自己表現」をしてきたからだ。別に自分の文章がうまいとは思わないが、書き終えた満足感、読んでくれる文章を書いている高揚感でここまでやってきた。

「AIが多くの仕事を奪う」という人は、もともとクリエイティブがそれほど好きではなく、自分でいろいろ苦労するよりも、誰かにやらせてさっさと結果に結びつく方がいい、というタイプの人なのだろう。

でも、世の中はそういう人だけではないし、人生は「お金」だけではない。人間として「創り出す喜び」も十分に大きな価値だと思うが、いかがだろうか?

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