
現代ビジネス
「沢村賞は現代野球に合っていない」との声も…5年ぶり《該当者なし》でも里崎智也が「基準を変える必要はない」と言い切るワケ
里崎は
私は沢村賞のハードルを下げる必要などまったくないと思っている。
なぜなら、「沢村さんの功績を称えて制定された賞」なのだから、世の中の雰囲気に迎合されることなどないからだ。
実際、沢村さん自身が七つの項目をクリアしたのは1937年春のシーズンで、投手5冠に輝いたときだった。
としている。
沢村栄治のキャリアSTATSから、沢村賞の選考基準である以下の7項目をあてはめてみる。
登板試合数 - 25試合以上
完投試合数 - 10試合以上
勝利数 - 15勝以上
勝率 - 6割以上
投球回数 - 200イニング以上
奪三振 - 150個以上
防御率 - 2.50以下

里崎の書き方だと、沢村賞は1937年春の沢村の大活躍をもととして設定されたかのような印象を受けるが、周知のとおり「沢村賞=沢村栄治賞」は、沢村の死後3年目の1947年に設定されたものであり、その年の日本プロ野球で最も活躍した完投型先発投手を対象として贈られる特別賞だ。
当初は、MVPやベストナインと同じように記者投票で決められたが、1981年に、明らかに成績が上の巨人、江川卓を差し置いて、同じ巨人の西本聖を選出したことで物議をかもして、翌年から元投手の選考委員で選出することとなった。
その時に、一定の選考基準が必要とのことで、7項目が決められたのだ。
この7項目が、1937年春の沢村の成績を基準にしていると言うのは、野球史を知らない人物のたわごとと言ってよい。
1937年はそもそも2シーズン制だった。春シーズンは56試合制。沢村はこのうち半分以上の30試合に登板し、チームの勝利数41の6割近い24勝を挙げた。
たまたまその数字が、今の投手の数字に近かったと言うだけで、リーグ戦の内容も、投手の起用も全く異なっていた。
野球史を少しでも知っている人なら「沢村栄治は沢村賞をとるような成績を上げていた」というのは、全くナンセンスだと言うことがわかるだろう。
それだけに、私は沢村賞の基準となっている7項目を変える必要などないと思っているし、もし該当する投手が現れない年があれば、2024年シーズンのように見送ったって構わないとすら思っている。(基準を変更するのは)私にしてみれば、沢村さんに対する冒瀆としか思えない。
というが、当の沢村栄治は沢村賞が制定されたときには故人で、成績の基準は制定されてから34年も経って作られたのだから、沢村本人とは何の関係もない。
「沢村のような成績を上げる投手がいないのなら、沢村賞は“該当者なし”でもいい」というのなら、この賞は単なる「懐古趣味」となる。
沢村賞の基準を擁護する人は、野球がどのような経緯を経て発展してきたかに無知なのか、今の分業制の投手起用が嫌いで「昔の野球に戻れ」と、無理難題を吹っ掛けるマウントじじいか、そのいずれかだと思う。
MLBのサイヤング賞は、沢村賞の後にできた。そのシーズンの最も優秀な投手に贈られるが、投手起用が変わるとともに選考の「価値観」も変わって、今では「救援投手」に贈られることさえある。
だからと言って地下のサイヤングが泣いている、みたいなくだらない話は起こっていない。
沢村賞の名前がそんなに大事なのなら、これからずっと「該当者なし」にすればよい。そしてその代わりに、よくわからない基準で2012年まであった「最優秀投手賞」を復活させて、これを投手最高のアワードにすればいいのだ。
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私は沢村賞のハードルを下げる必要などまったくないと思っている。
なぜなら、「沢村さんの功績を称えて制定された賞」なのだから、世の中の雰囲気に迎合されることなどないからだ。
実際、沢村さん自身が七つの項目をクリアしたのは1937年春のシーズンで、投手5冠に輝いたときだった。
としている。
沢村栄治のキャリアSTATSから、沢村賞の選考基準である以下の7項目をあてはめてみる。
登板試合数 - 25試合以上
完投試合数 - 10試合以上
勝利数 - 15勝以上
勝率 - 6割以上
投球回数 - 200イニング以上
奪三振 - 150個以上
防御率 - 2.50以下

里崎の書き方だと、沢村賞は1937年春の沢村の大活躍をもととして設定されたかのような印象を受けるが、周知のとおり「沢村賞=沢村栄治賞」は、沢村の死後3年目の1947年に設定されたものであり、その年の日本プロ野球で最も活躍した完投型先発投手を対象として贈られる特別賞だ。
当初は、MVPやベストナインと同じように記者投票で決められたが、1981年に、明らかに成績が上の巨人、江川卓を差し置いて、同じ巨人の西本聖を選出したことで物議をかもして、翌年から元投手の選考委員で選出することとなった。
その時に、一定の選考基準が必要とのことで、7項目が決められたのだ。
この7項目が、1937年春の沢村の成績を基準にしていると言うのは、野球史を知らない人物のたわごとと言ってよい。
1937年はそもそも2シーズン制だった。春シーズンは56試合制。沢村はこのうち半分以上の30試合に登板し、チームの勝利数41の6割近い24勝を挙げた。
たまたまその数字が、今の投手の数字に近かったと言うだけで、リーグ戦の内容も、投手の起用も全く異なっていた。
野球史を少しでも知っている人なら「沢村栄治は沢村賞をとるような成績を上げていた」というのは、全くナンセンスだと言うことがわかるだろう。
それだけに、私は沢村賞の基準となっている7項目を変える必要などないと思っているし、もし該当する投手が現れない年があれば、2024年シーズンのように見送ったって構わないとすら思っている。(基準を変更するのは)私にしてみれば、沢村さんに対する冒瀆としか思えない。
というが、当の沢村栄治は沢村賞が制定されたときには故人で、成績の基準は制定されてから34年も経って作られたのだから、沢村本人とは何の関係もない。
「沢村のような成績を上げる投手がいないのなら、沢村賞は“該当者なし”でもいい」というのなら、この賞は単なる「懐古趣味」となる。
沢村賞の基準を擁護する人は、野球がどのような経緯を経て発展してきたかに無知なのか、今の分業制の投手起用が嫌いで「昔の野球に戻れ」と、無理難題を吹っ掛けるマウントじじいか、そのいずれかだと思う。
MLBのサイヤング賞は、沢村賞の後にできた。そのシーズンの最も優秀な投手に贈られるが、投手起用が変わるとともに選考の「価値観」も変わって、今では「救援投手」に贈られることさえある。
だからと言って地下のサイヤングが泣いている、みたいなくだらない話は起こっていない。
沢村賞の名前がそんなに大事なのなら、これからずっと「該当者なし」にすればよい。そしてその代わりに、よくわからない基準で2012年まであった「最優秀投手賞」を復活させて、これを投手最高のアワードにすればいいのだ。
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