51p1GVR9tuL._AC_


Newsポストセブン
追悼・小山正明さん 金田正一さん、米田哲也さんとの「3人合わせて『1070勝』鼎談」で「投げて強い肩を作れ」と説き、「時代が変わっても野球は変わらない」と強調
この記事を書いた鵜飼さんは、週刊ポストでは「伝説の記者、編集者」と呼ばれている。大相撲の八百長事件についての記事や著書でも知られているが、私にとっては最も付き合いが長い編集者でもある。

こうした「昭和の大選手」の言葉を拾い上げては、記事にしていた。それが「真実か」ということよりも「野球ファンに受けるか」を重視していた。それはそれで「プロ意識」だと思う。

こうした大投手は、とにかく「走れ、走れ」と言った。走ることで下半身を鍛えることで、安定感が増し、球威ある球を投げることができる。

そして何より「投げ込み」だ。
「ある指導者が“肩は消耗品だ”というわけですよ。こんなバカなことをいう。ピッチャーは球を投げるポジションですよ。それが球を投げたらアカンいうて、どうするの?」

さらに筋トレを否定した
「投げて強い肩を作れと声を大にして言いたい。ボクら現役時代はみんなモヤシみたいな腕でしたよ。速いストレートが武器だった大洋の権藤正利が細い腕をしていた。なんでウエイトトレーニングをやるのか。そこに行き着くね」

そして
「カネさんもヨネも、ボクも投げている球が違う。今、148キロだの、150キロを超えたとか言っとるが、そんなの我々の時代に投げていたピッチャーと比べたら、スローボールですわ。カネさんもヨネも、軽く投げて160キロ台やったやろね。ボクがその少し下やった。カネさんの球は速かった」
とまで言った。

この記事では小山の発言だけが紹介されているが、金田も米田ももっと大きな法螺を吹いていたのだ。

金田も米田も小山も昭和の時代はプロ野球の現場にいた。しかし、自分たちが活躍した時代の「やり方」以外の指導をすることができず、データ野球など新しい野球の潮流も理解できなかった。彼らは「野球しかやってこなかった」から、理論を理解できなかったのだ。

鵜飼さんのような編集者からは声はかかるが、現場から敬遠され、話すことに耳を傾ける人もいなくなって「昭和の名投手」たちは孤立していったのだ。

今も江本孟紀や堀内恒夫らが「昔の野球」を語っているが、工藤公康や山本昌など次の世代のレジェンド投手たちは「学ぶこと」を知っている。そして「今の野球」と接点を持っている。

金田、米田、小山らの「野球漫談」は、今後聞くことはできなくなっていくのだろう。

P3271116





Note


私のサイトにお越しいただき、ありがとうございます。ぜひコメントもお寄せください!

好評発売中!

81UUCLO+nDL._SY466_

https://amzn.to/47hJdhC

81RuVXKYO8L._SY522_


2023年森原康平、全登板成績

NOWAR