阿部


今の世の中は、さまざまな話題を「消費」してしまう。かくいう私も「東洋経済オンライン」に事件の記事を書いたし、Noteにも書いた。
今の情報社会で、情報が発信されれば、それがインパクトがあればメディアが報じるのは致し方ないということになる。
「情報」は、果実、あるいは収穫物のようなもので、それが価値があるとなれば「消費」されてしまうのだ。
私もそれでおまんまを食べているので、それを否定するわけにはいかない。

しかし、事件が起こって数日たつと、新たな情報が何もないのに「後追い情報」が出てくる。例えば「論評」「評価」ならわかるが、阿部慎之助の「前歴」や、過去の旧悪、さらには長女や家族に関する「憶測」なども「消費」されてしまう。
事態は何も進展していないのに、ニーズがあるとなれば「火のないところに煙」を立ててしまうのだ。
「人の不幸は蜜の味」であって、そういう情報の多くは「ネガティブ」だ。

ネット上で注目されるコンテンツは「ネガティブ+具体的な人名」だといわれる。阿部慎之助の「不幸」は、まさにその典型なのだ。

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メディアには「自制」が必要なのだが、ネットメディアは最近苦しくなっているから、そのハードルが下がってきている。

私自身「何も書くことがないのに書く」ようなことは、しないでおこうと思う。

メディアではない、一般的なネット民は、匿名で責任を問われないと思うから、やりたい放題だ。阿部の長女が「とんでもない娘だった」みたいな「嘘」が、平気で拡散されている。
こういう連中は、アクセスが稼げて、自分のサイトが注目されればそれでいいのだ。
「あぶく銭」と「承認欲求」を共に得ようというさもしい根性だ。

メディアは、この手のネット民を明確に叩かない。自分たちも「他人の不幸」で実利を得ているという後ろめたさがあるからだ。

モラルハザードは、確実に進展している。




Note


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たばとも

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