
関東地区に入る。茨城県で1試合でも甲子園に出場した高校のランキング。
公立、私立の別も示した。また茨城県は甲子園出場後に部員数が9人を割り込み、連合チームになった学校が2校あるのでこれも示した。

何といっても常総学院、名物監督だった木内幸男がチームを興した。地方大会参加は1984年からだが1987年春夏の甲子園に出場。夏はエースの島田直也で決勝に進出し、野村弘樹擁するPL学園に敗退した。。1年生に仁志敏久がいた。
春夏優勝2回。甲子園通算43勝。今の監督は甲子園初出場時のエース、島田直也。私は独立リーグ徳島の監督時代、DeNAで小学生、幼稚園児に教えていた時代など島田に話を聞いたが、セカンドキャリアでは苦労していた。
水戸商は1927年夏に初出場、夏10回、春4回出場。常総学院以前のトップ校だったが2008年夏を最後に甲子園に出ていない。
取手二は、木内幸男が常総学院に監督に招聘されるまで采配を執っていた。1984年はエース石田文樹を擁し夏の甲子園で桑田清原のPL学園を破って優勝する。木内はこの年、常総学園監督に就任した。
茨城の高校野球における木内幸男の存在の大きさを今さらながら思い知る。
土浦日大は常総学院以前の茨城では有力私学だったが、1986年夏を最後に長く低迷したが、2017年以降3回夏の甲子園に出ている。
明秀日立は2018年春初出場、このところ強豪の一角を占める。
霞ヶ浦もこのところ強豪の一角。今夏は2年ぶりに甲子園に出て横浜に敗れるまで2勝した。
茨城県の公立高校は地名+数字というネーミングが多く、紛らわしい。私の記憶に残っているのは1976年春夏に出場した鉾田一、エース戸田秀明は圧倒的で春の糸魚川商工戦でノーヒットノーラン。東海大を中退し、社会人に進むもプロにはいかなかった。

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何といっても常総学院、名物監督だった木内幸男がチームを興した。地方大会参加は1984年からだが1987年春夏の甲子園に出場。夏はエースの島田直也で決勝に進出し、野村弘樹擁するPL学園に敗退した。。1年生に仁志敏久がいた。
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水戸商は1927年夏に初出場、夏10回、春4回出場。常総学院以前のトップ校だったが2008年夏を最後に甲子園に出ていない。
取手二は、木内幸男が常総学院に監督に招聘されるまで采配を執っていた。1984年はエース石田文樹を擁し夏の甲子園で桑田清原のPL学園を破って優勝する。木内はこの年、常総学園監督に就任した。
茨城の高校野球における木内幸男の存在の大きさを今さらながら思い知る。
土浦日大は常総学院以前の茨城では有力私学だったが、1986年夏を最後に長く低迷したが、2017年以降3回夏の甲子園に出ている。
明秀日立は2018年春初出場、このところ強豪の一角を占める。
霞ヶ浦もこのところ強豪の一角。今夏は2年ぶりに甲子園に出て横浜に敗れるまで2勝した。
茨城県の公立高校は地名+数字というネーミングが多く、紛らわしい。私の記憶に残っているのは1976年春夏に出場した鉾田一、エース戸田秀明は圧倒的で春の糸魚川商工戦でノーヒットノーラン。東海大を中退し、社会人に進むもプロにはいかなかった。

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茨城県のナンバースクールは戦後の学制改革でできた校名です。
元旧制の中学校を「一高」、元女学校を「二高」とネーミングしています。
男女別学主義の群馬や栃木とは違い共学になり、二高が甲子園に出ていたりして
広尾さんの言われるように、紛らわしい高校名になっています。
うーん、この企画、私の手には負えないんで、ここでストップします。あれこれ指摘されて、ストレスが大きいので。ごめんなさい。
だとしましたら、誠に申しわけありません。
甲子園が終わり、広尾さんならではの着眼点をリスペクトしつつ、
47都道府県の出場校のデータ展開を楽しみにしていました。