野球の記録で話したい イメージ画像

野球史

例年になくMLBに移籍を表明する選手が多い年の瀬だ。MLBでの日本人選手の評価は過去10年で最低といってよいのだが、それにもめげず有力選手はMLBを目指す。その動きは来年以降も続きそうだ。来年オフには阪神の藤川球児や鳥谷などが、数年先には楽天の田中将大や広島の前田健

※先ほど、横浜から巨人に移籍した村田修一の背番号を5と早とちりし、この稿をアップしてしまいました。ご指摘ありがとうございます。背番号25の系譜もアップしますが、もったいないので背番号5の方もご紹介します。
『巨人の背番号5の価値|野球史』の画像

8日に統一球の導入でNPBの打撃がどのように変化したかを見た。打撃力=RC27は75%程度に落ち込んでいた。なかでソフトバンクだけが97%とほとんど変動がなかった。巨人阪神は60%台まで落ち込んだ。では、統一球の導入で、投手力はどのように変化したか?同様に見ていきたい
『統一球バブルでNPB各チームの投手力はどう変化したか?|野球史』の画像

会社の業績を見る上で「昨対」というのは重たい数字だ。企業は成長し続けるのが前提だから、去年からどれだけ成長したかを見る「昨対」は、企業評価の最も重要な指標の一つだ(「昨比」「年比」ともいう)。これが100%を割り込むと、会議には重苦しい空気が漂う。
『統一球で各チーム打線の「昨対」はどう変わったか?|野球史』の画像

昨日、ペドロ・マルチネスが引退を表明した。ここ2年間は投げていない。 通算219勝は76位に過ぎない。しかし、全盛期の投球のすごさ、人々に与えたインパクトのすさまじさは、圧倒的だった。この投手は本気で打者を殺そうとしているのではないかと思えた。
『ペドロの雄姿はもう見ることができない|野球史』の画像

横浜の村田修一の心は巨人に大きく傾いているように見える。背番号「5」「25」を提示され「144試合三塁手として活躍してほしい」と言われたそうな。巨人の正三塁手と言えば、日本の正三塁手と言ってもよい。心が動かないはずがない。
『巨人は買い物がうまいか?|野球史』の画像

指折り数えて封切りを待った「マネーボール」だったのだが、当日つまり2011年11月11日、「清武の乱」が勃発したために、ブログで取り上げることができなかった。改めて今日、映画館で見直した。

今日、店頭に並んでいる緑の表紙の『週刊ベースボール』12月12日号の特集は「巨人ドラフトの功罪」。 ページをめくると今年の巨人外れドラ一松本竜也(英明高)のインタビューなどに続き、「ドラフトを揺さぶり続けてきた巨人の恐るべき執念と唯我独尊」という記事がカラー、

野球を熱心に見始めた頃、このおやじほど憎たらしい存在はなかった。野村克也率いる南海ホークスは、乏しい戦力で何とか覇権を握ろうとするが、阪急が常にそれを阻んだのである。
『西本幸雄、大往生|野球史』の画像

昨日の巨人元GM清武英利氏の記者会見で、巨人軍、そしてNPBの権力構造が崩れるのではないかと期待した向きは多かったと思う。

続きである。 日本のドラフト制度は1965年に誕生した段階から中途半端で、ウェーバー制ではなくくじ引き制になっていた。それでも戦力均衡は進み、万年下位だった広島やヤクルトが日本シリーズに進出するようになった。

ドラフト制度の話になると、常に出てくるのが「職業選択の自由」の話だ。特定の球団に行きたいという選手がいる、入れたいという球団がある。これを阻むのは「職業選択の自由」に反するという論議だ。

残念なことだが、東海大の菅野智之は浪人するそうだ。ごたごた続きの巨人にどれほどの魅力を感じていたのかはわからないが、巨人サイドにすればGMだった清武さんは刃向うわ、意中の菅野には袖にされるわでは、ダメージは計り知れない。水面下で必死の説得があったのではない

それにしても、新聞、テレビの委縮ぶりはどうだ。テレビではナベツネキヨタケ問題をかまびすしく取り上げてはいるが、この問題の火元である渡邉恒雄氏の行状を取り上げる番組はほとんどない。張本勲氏は、「親に弓を引くのはいかん」といった。彼はいつも渡邉氏サイドだが、

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